妻が44歳になった年、私たちは海外での卵子提供について調べ始めました。
いくつかのエージェントから資料を取り寄せると、どれにも「成功率」の数字が載っていました。
ところが、比較表を作ろうとしたところで手が止まりました。
ある資料は「妊娠率」、別の資料は「着床率」、クリニックの英語サイトは「live birth rate」。
物差しがそろっていなかったのです。
はじめまして、フリーライターの佐伯隆之です。
外資系の医療機器メーカーで15年ほどマーケティングを担当し、そのうち4年はカリフォルニアに駐在していました。
英語の医療データを読むことには慣れていたつもりですが、不妊治療の成功率を正しく比べられるようになるまでには時間がかかりました。
この記事では、アメリカのクリニックの成功率を自分で確かめる方法をまとめます。
CDC(米国疾病予防管理センター)のどこを見ればいいか、数字をどう読めばいいか、日本の数字とどう違うかを順に説明します。
エージェントに相談する前の下調べに使ってください。
アメリカのクリニックの成功率はCDCに集まっている
1992年の法律で、クリニックに報告が義務づけられている
アメリカでは、1992年に成立した「Fertility Clinic Success Rate and Certification Act」という法律があります。
体外受精などの生殖補助医療(ART)を行うクリニックは、この法律によって毎年CDCへデータを報告することになっています。
CDCは集めたデータから、クリニックごとに同じ基準で成功率を計算して公表しています。
CDCの推計では、全米のART周期の約98%がこの仕組みでカバーされています。
2022年は457のクリニックから報告があり、治療周期は435,426件でした。
そのうち94,039件が生児出産に至っています。
クリニック1院ごとの成績を、同じ物差しで誰でも見られる。
ここがこの仕組みのいちばんの価値だと私は考えています。
最新のデータは2022年分
CDCの仕組みでは、ある年に始まった治療の結果がそろうのは翌年の秋ごろです。
そこからデータの確認作業を経て、公表されるのは治療した年の2年後の年末になります。
2026年10月時点で、CDCのサイトで見られる最新のクリニック別データは2022年分です。
2025年4月には、このデータを担当していたCDCのチームが人員削減の対象になったと米NBCニュースが報じました。
2023年分以降がいつ公表されるかは、はっきりしていません。
もう少し新しい数字を見たい場合は、米国生殖補助医療学会(SART)のデータが参考になります。
SARTは2023年分を確定値、2024年分を暫定値として公表しています。
ただし、SARTの集計は会員クリニックだけが対象です。
会員でないクリニックはSARTでは見つからないので、CDCとSARTの両方を見ておくと安心です。
CDCのサイトでクリニックを探す手順
入口はCDCのART Success Ratesのページです。
州の地図をクリックするか、プルダウンで州を選ぶか、郵便番号を入れると、近くのクリニックが一覧で出てきます。
クリニックを選ぶと、5つのタブに分かれたページが開きます。
| タブ名 | 見られる内容 |
|---|---|
| Clinic Services and Profile | 提供しているサービス、所在地、医療責任者名、治療周期数 |
| Patient and Cycle Characteristics | 治療周期の特徴(凍結胚を使った移植の割合など) |
| Success Rates: Patients Using Own Eggs | 自分の卵子を使った場合の成功率(年齢別) |
| Success Rates: Patients Using Donor Eggs | ドナー卵子や提供胚を使った場合の成功率 |
| Clinic Data Summary | 上の内容をまとめた一覧 |
卵子提供を考えているなら、見るべきは4つ目のタブです。
3つ目の自己卵のタブは、卵子提供を判断する材料にはなりません。
クリニックは英語の正式名称で探すことになります。
エージェントから提携先の名前を聞いたら、綴りと所在地の市まで控えておくと迷わずに済みます。
数字を読むときの3つの物差し
「何で割っているか」で数字は大きく変わる
自己卵の成功率は、分母の取り方によって3通りで表示されます。
採卵を予定して治療を始めた周期、実際に採卵できた周期、胚を移植した回数の3つです。
なお、自己卵の数字は、採卵から1年以内に行った移植をすべて含めた累積の値です。
同じ2022年の全米データでも、40歳を超える方の生児出産率は分母によってこれだけ変わります。
| 分母 | 生児出産率(40歳超・2022年) |
|---|---|
| 採卵を予定した周期あたり | 7.7% |
| 実際に採卵できた周期あたり | 9.4% |
| 移植あたり | 25.4% |
採卵を予定した周期には、卵子が採れずに終わった周期や、移植まで進めなかった周期も入ります。
移植あたりの数字は、そこを越えた周期だけで計算したものです。
「25%」と「8%」では印象がまるで違います。
それでも、どちらも正しい数字です。
資料に成功率が載っていたら、まず分母を確かめる。
私が比較表を作り直したときに、最初に決めたルールです。
ドナー卵子は「移植あたり」で、年齢別には分かれていない
卵子提供の数字は、自己卵とは見せ方が違います。
CDCはドナー卵子の成功率を移植1回あたりで出していて、累積ではありません。
受け手の年齢別にも分けていません。
CDCの解説によると、ドナー卵子や提供胚を使う場合、受け手の年齢は成功率に大きく影響しないことがこれまでのデータで分かっているためです。
2022年の全米の数字は次のとおりです。
| 卵子・胚の種類 | 移植あたりの生児出産率 | 移植数 |
|---|---|---|
| 新鮮な卵子から作った胚をそのまま移植 | 52.0% | 791件 |
| 凍結卵子から作った胚をそのまま移植 | 45.2% | 2,576件 |
| 凍結しておいた胚を移植 | 45.1% | 18,678件 |
| ほかの患者から提供された胚を移植 | 42.2% | 3,296件 |
件数を見ると、凍結胚の移植が大半を占めています。
40代で国内の体外受精を続けてきた方は、さきほどの40歳超の自己卵の数字との差に驚くかもしれません。
ただ、これは全米の平均です。
子宮の状態や過去の治療歴によって、一人ひとりの見込みは変わります。
「着床」「妊娠」「出産」は別の数字
CDCの成功率の中心にあるのは生児出産(live-birth delivery)です。
1人以上の赤ちゃんが生きて生まれた出産を指します。
一方、エージェントの案内では、着床率や妊娠率が使われていることがよくあります。
着床や妊娠反応が出たあとにも流産の可能性はあるため、着床率は出産率より高めに出ます。
「成功率80%」と書かれていたら、それが着床なのか、妊娠なのか、出産なのかを確認してください。
数字の基準がそろわないまま比べると、判断を誤りやすくなります。
日本の数字とはそのまま比べられない
日本のデータは、日本産科婦人科学会が毎年まとめている体外受精・胚移植等の臨床実施成績で見られます。
2024年分から年齢別の数字を抜き出すと、次のようになります。
| 年齢 | 妊娠率(移植あたり) | 生産率(総治療周期あたり) |
|---|---|---|
| 40歳 | 35.2% | 10.9% |
| 42歳 | 26.7% | 6.0% |
| 45歳 | 11.2% | 1.6% |
この表とCDCの数字を並べて「アメリカのほうが高い」と言いたくなるところですが、私は避けたほうがいいと考えています。
理由は3つあります。
- 日本の妊娠率は、胎嚢(赤ちゃんが入る袋)が確認できた時点で数えている
- 日本の「総治療周期」には凍結胚を移植する周期も1周期として入っていて、CDCの「採卵を予定した周期あたりの累積」とは分母が違う
- 日本の公表資料には、卵子提供の成績の区分がない
日本で卵子提供が広がっていない背景には、制度の整備が進んでいないことがあります。
2025年2月には卵子提供などのルールを定める法案が参議院に提出されました。
しかし審議されないまま国会が閉会し、日本産科婦人科学会は「誠に遺憾」とする声明を出しています。
この記事を書いている時点で、法律は成立していません。
CDCとSARTが書いている「比べるときの注意」
CDCは数字の読み方を解説したHow to Interpret ART Success Ratesというページで、クリニック同士を比べることに注意を促しています。
書かれている内容を3つに絞ると、次のとおりです。
- 患者層や治療方法がクリニックごとに違うため、成功率を比べても意味がない場合がある
- 公表されているのは1年以上前の治療のデータで、今の体制を反映しているとは限らない
- 治療件数の少ないクリニックは数字がぶれやすく、1件しかなければ0%か100%になる
SARTも2023年の全国サマリーの中で、このデータをクリニックの比較に使うべきではないと書いています。
患者の選び方や治療方針の違いによって、成功率が実際より高く出たり低く出たりすることがあるためです。
この注意書きを読んでから、私は成功率を「クリニックの順位」として見るのをやめました。
代わりに、そのクリニックがどんな治療をどれくらいの件数行っているかを知る材料として見るようにしています。
件数は多いのか少ないのか。
凍結胚の移植が中心なのか。
夫婦で話し合うときには、そうした情報のほうが役に立ちました。
エージェントに相談するときに聞いておきたいこと
CDCのデータを一度見ておくと、エージェントとの面談で何を聞けばいいかがはっきりします。
私が当時メモしていた質問を挙げておきます。
- 提携しているクリニックの英語の正式名称と所在地
- 資料に載っている成功率は、何年のデータか
- その数字は着床、妊娠、出産のどれか
- 分母は移植あたりか、治療を始めた周期あたりか
- 1回目の移植の数字か、複数回の移植を合わせた数字か
- CDCやSARTで、そのクリニックのデータを確認できるか
こうした質問にきちんと答えてもらえるかどうかで、そのエージェントが数字をどう扱っているかも見えてきます。
アメリカでの卵子提供をコーディネートしている会社の中には、提携先のクリニック名や医師の経歴を公開しているところがあります。
たとえばモンドメディカルの評判や提携クリニックがわかる紹介ページには、ハワイやカリフォルニアのクリニック名と医師の紹介が載っています。
こうした名前を控えておけば、CDCのサイトでそのまま検索できます。
まとめ
アメリカの不妊治療クリニックの成功率は、CDCのサイトでクリニックごとに確認できます。
2026年10月時点の最新は2022年分で、より新しい数字はSARTが公表しています。
卵子提供を考えているなら、見るのは「Success Rates: Patients Using Donor Eggs」のタブです。
ドナー卵子の数字は移植1回あたりで、受け手の年齢別には分かれていません。
数字を見るときは、次の3つを確かめてください。
- 何で割った数字か(採卵を予定した周期か、移植か)
- 着床、妊娠、出産のどれを数えているか
- 何年のデータか
日本の数字とは物差しが違うので、そのまま並べて比べないことも大切です。
私たち夫婦は、比較表の物差しをそろえ直したことで、ようやく落ち着いて話し合えるようになりました。
数字はクリニックの優劣を決めるものではありません。
エージェントに質問するための材料です。
英語のページに気後れせず、まずは気になるクリニックの名前をCDCのサイトに入れてみてください。